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【アラベスク】  第8章 荊の城



第4節 秘密の花園 [1]




 勢いよくぶつかった肩に、(つた)康煕(こうき)=コウは思わず顔を歪める。だが相手は足を止めるどころか、すでに背後の遥か遠く。
「金本?」
 振り返り、その後ろ姿に目を丸くする。
 尋常ではなかった。
 四組の入り口から突然飛び出てきた聡。激しくぶつかり、コウは危うく尻もちすら付きそうになった。
 いつもの聡なら 悪い の一言ぐらいありそうなものなのだが。
「なんだぁ?」
 怒りを通り越して呆気にとられるコウの背後から、そっと一言。
「今は関わるな」
 振り返る先で、すっきりとしたショートカット。
「ツバサ」
「今は、声かけない方がいい。逆に一発殴られるかもよ」
「はぁ?」
 確かに、遠ざかる背中には怒りのようなものも漂っていた。
「何があったんだ?」
「知らないの?」
 涼木(すずき)聖翼人(えんじぇる)=ツバサはゆっくりと身を屈め、声を少し潜める。
「美鶴、自宅謹慎くらったの」
「え? なんで?」
「なんかね、昼休みに裏庭で、下級生を殴ったんだって」
「えぇ?」
 思わず声をあげるコウ。
「殴った? なんで?」
「詳しくは知らないけど、殴られた子の話だとね、生意気だとかって一方的に殴られたって」
「一方的?」
 あの大迫美鶴が?
 彼女、確かに気は強そうな感じだけど、でも一方的ってのはちょっと考えられないな。どちらかと言うと周りとは距離を置きたがってるみたいだし、それを考えると、彼女の方から周囲と関わりを持つような行動を取るなんて、想像できない。
 首を捻るコウの傍で、ツバサは右手を胸に当てる。
「信じられないでしょ?」
「うん」
 美鶴との付き合いはまだ浅いが、それでもなんとなく違和を感じる。
「その下級生って、誰? 俺、知ってるかな?」
「誰だと思う?」
 謎かけをしながら、別に相手の答えなど待たないツバサ。
「金本緩」
「え?」
「金本くんの義妹(いもうと)よ」
 コウは、廊下の先へ視線を飛ばす。すでに聡の姿はない。
「アイツ、大丈夫か?」
「何が?」
「結構さ、周り見えなくなったりするタイプだろ? アイツもなにかやらかさないか?」
「それをアンタが言う?」
 呆れたように笑い、だがツバサも心配だ。
 金本くん、あんな勢いで飛び出して行ったけど、いったいどこに行くんだろ?
 それに美鶴も……
 昼休みの間に自宅へ帰されたという美鶴。自宅謹慎の期限は未定。つまりは無期限なのだと聞いた。
 謹慎だなんて、どんな殴り方したんだろ? 美鶴、何があったの?
 あとで電話でもしてみようと決める心に、浮かぶ少女。
「シロちゃんだったら」
 呟いて、ハッと片手で口元を押さえる。慌てて見下ろす先。コウは廊下を見つめたまま。
 視線に気づき、ツバサを見上げる。
「何?」
「あっ なんでも」
 よかった。聞こえてなかったんだ。
 ホッと胸を撫で下ろす。
 コウの前でシロちゃんの名前出すなんて、迂闊。
 まだ(わだかま)りの残る心中。
 そんな自分に少し呆れ、そっと心内で考える。
 シロちゃん、知ったら心配するかな?
 美鶴と離れた後も、忘れたことはなかったと言っていた。今でも本当は、会いたいと思っているに違いない。昔の二人に戻りたいと、美鶴の傍にいたいと思っているに違いない。







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